ニートよ! 今こそその力を見せてやれ!!2011年03月14日 01:25


まずは東北地方太平洋沖地震にて被災された方へのお見舞いと

ご不幸に見舞われた方のご冥福をお祈りします。



その上で。


全国63万のニート諸君!!

ついに君たちに飛躍の機会が巡ってきた。

余震が収まり次第、ありったけの食料と小遣い携え、

東北地方太平洋沖地震の被災地へ、復興支援に向かいたまえ。


そこには若い君たちを必要としている人々がいる。

君たちの活動に感謝してくれる人々がいる。

そして君たちは働く喜びを得ることができる。


絶対に行くべきだ。

そして彼の地の人々が一日も早く、少しでも被災前に近い暮らしを

取り戻すために力を貸そうではないか。

そして君たち自身も、社会に復帰しようではないか。



ふざけていると思われるかもしれないが、自分は本気だ。


大半の人は聞き流したであろう菅首相の

13日の会見の締めのレトリックに自分は結構共感を持っている。

曰く、

“わたしたち日本人は、過去においても、厳しい状況を乗り越えて、

今日の平和で反映した社会をつくり上げてまいりました。今回の

この大地震と津波に対しても、私は必ずや、国民の皆さんが

力を合わせることで、この危機を乗り越えていくことができる、

このように確信を致しております。”


そうなのだ。

関東大震災からだって、太平洋戦争からだって、

阪神・淡路からだって、いつだって日本人は瓦礫の山から

よみがえってきたのだ。みんなで力を合わせて。


今回のことは確かに悲劇だけれども、

悲劇を悲劇だけで終わらせるのが一番の悲劇だ。



繰り返し流される津波の映像を見て、

「不謹慎だけど、これでまた車が少し売れるかもね。」

と言った人がいた。

不謹慎かもしれないが、復興需要は経済を回す。

また経済が回れば、復興のペースも早めることができる。


日本の経済活動は、その大半が沿岸地域で行われている。

津波の猛威が既存の想定を上回る様を見せつけられた以上、

今回は直接被災しなかった地域においても、

津波への対策需要が発生し、投資が必要になる。



悲観に移ろい、眠っていた日本の国内経済を叩き起こそう。

今回の悲劇を、日本が失われた20年から脱却した契機としよう。


全国63万のニート諸君。

東北地方太平洋沖地震の被災地へ、復興支援に向かいたまえ。

そして再び輝く日本の中核を担いたまえ。

200 Countries, 200 Years, 4 Minutes2010年12月27日 22:56

これは凄い。

内容も興味深く、
そしてデータプレゼン手法もお手本にしたいほど見事だ。

BBCは良い番組作りますなぁ。


Hans Rosling's 200 Countries, 200 Years, 4 Minutes
- The Joy of Stats - BBC Four

http://youtu.be/jbkSRLYSojo

Brand "JAPAN"2009年07月08日 07:59

先日のパリからシャルルドゴール空港に向かう列車は、異様でした。


東京のラッシュアワーのトラウマが蘇るOVER 200%の乗車率。

しかも乗客の大半が、コスプレ。


暑いし、コスプレイヤー達は既にハイになってるし、

本当に、なにか悪い夢でも見ているようでした。


はたして彼らは空港の少し手前の駅でで降りていったのですが、

その時車窓から見える風景は、ディズニーランドのオープン時間直前に

リゾートライナーから見えるそれみたいでした。確実に千は超えてた。

しかも大半が、コスプレ。


たぶんこれですな↓

『第10回ジャパンエキスポ』
http://www.eurojapancomic.com/fr/japanexpo.shtml


去年の参加者は13万4千人だって。

フランスでコスプレが流行ってると聞いたことはあったのだけど、

まさかこんな形で実感させられるとは思わなんだ。


でもま、見たところアキバの小太りメガネwith紙袋男どもよりも

もちっと健全そうな若者たちが、楽しそうに

お互いの装束を語らっているところを見るに、

日本のそれとは微妙に違う位置付けの遊びとして

フランスに受容されたのかもしれません。



だとすると、これはきっと喜ぶべきことなのであって、

もしかしたら後の世ではこれと、フランスの画家たちが浮世絵から

多大な影響を受けたことが、並べて語られちゃったりするのかも。

もしかしたらね。


日本発、フランス経由、世界行き。


好い流れじゃないですか。

そういえば甲殻機動隊が最初にウケたのもフランスだったかしらん?



こんなことを書くと、未だ脱亜入欧の卑屈根性でとうする!とか

お叱りをもらいそうなのだけど、もちろんそんなつもりはないのです。


ただ感じるのは、

我々は我々の国の世界の中での立ち位置をはっきりさせることを

今まで怠ってきていて、

おそらく未だそれを実行するスキルもノウハウも足りないということ。

その結果が、フランス経由、かと。


しばらく国外に居て、いろんな国の人々と接していると、

彼らの中で"JAPAN"のPerceptive Valueが、今でも意外なほど

高いことに気付きます。

"Made in Japan"の工業製品への信頼、和食への賛仰、

旅行先としての人気。

日本人である自分への世辞分を割り引いても、

他に比肩できる国はそうは無い程に多様な要素で評価されています。


この高い評価は、先人たちのひたむきな努力の賜物であることは

疑いようもないのですが、

その一方で、このほとんどは結果としてついてきたものであって、

意図して能動的にブランディングをして作り上げたものではないのも

事実かと思います。


そして、

残念ながら善意のみで成り立っているわけではないこの世の中では、

誠実正直に努力していればいつかは、、、という考えは

必ずしも保証されたものではないと思うのです。



海外の多くの"Japanese Restaurant"で、ただのマズい料理が

不相応な値段で提供されている現実は、

“和食”というブランドを共有資産と考えれば、まさに

経済学で云うところのThe Tragedy of Commonsで、

学問の示すところでは、究極的には、和食のブランド価値の崩壊と

顧客を含めた全関係者の利益総和の減少に向かっているわけです。



先人の汗で築かれた"JAPAN"というブランドは、

容易なFree Ridingへの対処を怠ることで

簡単に棄損する状況にあるし、

実際に色々な分野で既に棄損していると思います。


工業製品がコピーとの終わりの無い戦いを続けているのは

広く知られているでしょうが、

戦うべきフィールドは工業製品にとどまらないはずです。



シャンパンが何故長きにわたって他の発砲ワインに対するプレミアムを

維持できているか?

それは決して、商品の研鑽だけの結果ではありません。

"Champagne"というブランドを共有資産として育て、守るための

業界全体での努力があってのことです。


事実、この業界横断での協力の枠組みが無かった時代、

"Champagne"ブランドは供給過多とFree Riderによる粗悪品の氾濫で

一度地に落ちました。



ちなみに一点強調しておきたいのですが、自分は、

"Japan"のものは常に日本のホンモノと全く同じでなくてはいけない、

と言っているわけではありません。


レストランの例でいえば、その場所の人々の趣向に合わせた

Localizeはもちろん行われるべきだし

そのようなレストランが増えることは、むしろ喜ばしいと思ってます。


日本に数ある“中華屋”は、中国人に言わせればマガイ物でしょう。

でもリーズナブルな値段で日本人好みの味を提供し、

日本人の生活に溶け込んでいます。

こういう形で和食が広がっていくのは大歓迎です。


だって我々は街の中華屋とホンモノの中華は別の物ととらえているし、

少々評判が悪い店があろうが、それが“中華料理”というブランドを

傷つけることはないから。


重要なのは明確なホンモノとそれ以外との区別であり、

それがブランディングの肝だと思うのです。



我々日本人は、主に商品やサービスそのものへの真摯な努力を

地道に積み重ねることによって

"JAPAN"というブランドを築いてきました。

それはとても素晴らしいこと。これからももちろん続けるべきこと。


でもこれからの、

日本の相対的な競争力は落ちざるを得ない状況に際しては、

結果としてついてくるものとしてではなく、

意志を持って戦略的に"JAPAN"ブランドを築くこと、守ることも

決して欠いてはならないことのはず。



コスプレからずいぶん話が膨らんだもんですが、、。

でも帰国に際しての今の素直な気持ち。

みんなを車にする会社~♪ になれるかGM??2009年04月11日 02:06

状況が状況だけに、

苦肉の策でももう少しマシなの出しやがれ的な

失笑を浴びてる感のあるこの↓発表ですが、

セグウェイとGM、新たな2輪電気自動車を共同開発(CNET)
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20391266,00.htm?deqwas_inflow=relation
『Project PUMA(Personal Urban Mobility and Accessibility)』

どっこい。馬鹿にしたもんでもないのでは?というのが個人的は意見。


GMを経営難から救うとかいう類の話でないことは確かですが、

基本的にはトヨタの”パーソナルモビリティ”↓と同方向のコンセプト。

研究・技術「パーソナルモビリティ」(トヨタ)
http://www.toyota.co.jp/jp/tech/p_mobility/index.html

業界トップ2社の将来への展望が近しいというのは、

無視できない事象でしょう。


たぶん共通の基本認識は、

「車に4人乗ってることって、あんまりないよね。」


データは見たことないですが、乗用車の実平均乗車人数って、

たぶん二人にも満たないでしょう。感覚的に。


だとすると、

4人乗りを基本設計とした今の乗用車の設計は

根本的に見直されるべきであって、

(グリーン大事のこのご時世に空気運び続けるわけにもいかんので)

その将来像の提案が“PUMA”であり“パーソナルモビリティ”であり、

直近の現実解がSmartとかIQみたいな車なのでしょう。



車がパーソナル化するというのは、

「一家に一台」が、「一人一台」になるということです。


我々が最近体験した同様のパーソナル化といえば、電話。

日本で言えば、15年ほど前にNTT Personalという会社が

「みんなを電話にする会社~♪」と、やりはじめたあたりから

電話は急速に「家から家」をつなぐよりも

「個人と個人」をつなぐようになりました。


電話が個人単位のアクセスを可能にしたことが

社会に与えたインパクトは計り知れないですし、

現在進行形で大きくなっている気がします。


突飛な例でいえば、腕時計が絶滅の危機に瀕しているとか。

これは携帯に時計が付いているからという理由もさることながら、

以前より“待ち合わせの時間”に対する意識が薄くなっているから、

なんてことも言われています。

だって遅れそうなら携帯に電話すればいいんだもん。



では車が個人単位になったらどう社会が変わるのか?


別になにも変らん、という可能性も大いにありえると思います。

バイクと何が違うの?と問われれば、

まあ安全性ぐらいかな、という気もするし。


それでも「みんなを電話にする会社~♪」を

「なに言っちゃってんだかぁ」と聞いていて、

ぜんぜん先を見通せなかった身としては、

なんだかいろいろなことが起こることを期待してしまいます。

みんなが車になったら、エレベーターってただの縦穴でいいよね、とか

電車ってかえって不効率な乗り物になるかもね、とか。


すごそうじゃないですか?


昔SF映画で見た将来は、案外近くまで来てるのかも。

SFでは往々にして悪の親玉が乗ってけどね、パーソナル乗用車。

やっぱりEPICに向かっている気がする (2005年12月08日@mixi)2009年03月29日 16:09

なんだかんだいってアメリカ人は、

ガツガツ軋轢を生みつつ、削りつつ、

ものごと進めていくんだよなぁ。


すごいよなぁ。


成長の痛みを味わうWikipedia--2つの「事件」で問われる在り方
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20092212,00.htm

(参考)
EPIC2014(The New York Times has gone offline) 日本語版
(リンク切れにつき割愛)


====転載おわり====

EPIC 2014についてはこちらをどうぞ。

『「EPIC 2014」日本語訳』 by dSb :: digi-squad*blog
http://blog.digi-squad.com/archives/000726.html

現実はこんなに早く進んでないけど、大きな方向はズレてないね。

ちなみに“EPIC 2015”も出たけど、大した変更はない。

『EPIC 2014とEPIC 2015の差異』 by ダネダネ通信
http://ameblo.jp/danedane/entry-10010360539.html

iPodが入ったぐらいかな。



これを書いた数日後にこんな記事↓が出たりして、

『「Wikipediaの情報はブリタニカと同じくらい正確」
--Nature誌が調査結果を公表』 by CNET
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20093147,00.htm

ご承知の通り、今ではWikipedeiaは、もはやなくてはならない存在。


最近あんまり騒がれなくなってしまったけど、

デジタルディバイド(ネットへのアクセス可否が生む不平等)の問題は

大きくなる一方だ。


たぶん日本においては問題の中心が、

“アクセス可否”よりも“使いこなしの巧拙”に移って

実態がつかみづらくなったからだと思うのだけど、

問題がなくなったわけではないのにね。


もっともEPICの冒頭にあるように、ネットにどっぷりの時代が

幸せな時代なのかどうなのかは、依然として不明なわけですが。。